すべての寮生諸君!
三項目署名運動2の広がりを前にして、沢田当局は新たに7・9加藤回答を提示するとともに、学生の妨害を口実に先のばしにしてきた埋文調査3にも着手しようとしている。「在期延長、新寮要求」運動が切り開いた寮斗争の現段階的地平――その意義と限界――をがっちりと確認し、自治寮としての新寮獲得の斗いを量・質ともにさらに飛躍させていく、そのための拠点をうち固めることがいま全寮生に問われている。そして、新寮についての交渉要求を無視し、新々寮4を前提にしておこなわれる埋文に対して、いかに反撃の斗いを創造していくかをめぐって早急に意志一致をつくりだしていくのでなければならない。
ところが諸君!
廃寮化粉砕―自治寮獲得の斗いが正念場を向かえつつあるこんにちこのとき、突如として、このかんの寮斗争を誹謗し愚弄しつつ無責任きわまりない「埋文粉砕」「紛争長期化、泥沼化」をアジりたてる輩がたちあらわれた。「熊野寮書記局」を名のるビラ5がそれである。
だがすべての寮生諸君! まどわされてはならない!
彼らの「左」翼的言辞は、吉田寮閉鎖=自治会根絶を企図する当局の攻撃を打ち砕き、自治寮としての新寮をかちとるためにおしすすめてきたこのかんの全寮生の斗いに真向から敵対する挑発者としてのそれ以外のなにものでもない。全自治団体の団結の創造を基礎として自治寮獲得をめざすこのかんの路線を堅持しつつ、さらにそれを質的に高めていくためにいかに斗うのか このことこそが問題なのだ。
まさにこうした斗いの前進のために、「熊野寮書記局」ビラの反動性をつきだしていくとともに、彼らのかく乱を許さず埋文調査に対してわれわれはいかに立ち向かうべきなのかについて、かんたんにまとめておきたい。
(1)二枚裏表にもわたるこのビラで、彼ら「熊野寮書記局」が主張していることは、ただただ次のことに尽きる。
「埋文は粉砕あるのみ6」「新々寮予算こそ粉砕の対象7」
「紛争の長期化と泥沼化こそ当局を疲れさせ、自治寮獲得の展望を切り拓く8」
いったいこれが現段階の寮斗争方針たりうるだろうか! それどころか、埋文調査をニグレクトし新寮建設をたな上げする当局を弾劾して自治寮としての新寮建設・獲得を追求してきたこのかんの斗いの一切を御破算にし、その意義を完全に足蹴にするものではないか!
そればかりではない。「新々寮に半ば妥協したかたちでの運動9」ナンセンス、「当局土俵で新々寮前提とした話し合い条件交渉など拒否10」しろ、などと寮生の運動に悪罵をあびせかけてすらいるのだ。
いったい誰が「新々寮前提とした話し合い」などやろうとしているというのか! およそデタラメに寮生の斗いを歪曲して描きあげ誹謗し、無責任な“破壊のススメ”を説いているだけではないか!
(2)実際、このビラの筆者はこのかんの寮斗争の経緯、現実の攻防から完全に浮きあがったところで勝手なオダをあげているにすぎない。
沢田当局の攻撃について、彼らは次のように言っている。 当局は「なにがなんでも新々寮をつくろうとしている。11」そのために「埋文を早いところすませて、…紛争を回避しようとしている12」また学生を「話し合いという当局の土俵にひきずり込む13」ことを狙っている
馬鹿も休み休み言え。一方では在期の強行=吉田寮廃寮を威丈高に宣言しながら、他方それにかわる新寮についても、「新々寮としての新寮は新入生のためのもの14」と現寮生排除=吉田寮自治会解体の意図をムキ出しにし、一切の交渉を拒絶してきたのが反動沢田当局ではないか。しかも彼らは、「新々寮としての新寮」建設それ自体、学生の埋文妨害を口実にして先送りにしてきさえした。というのも、沢田当局はこんにち、“多様化”“国際化”をシンボル的理念とする中曽根政権による高等教育の再編成に呼応し、その「先導的試行」として関西学研都市への一部移転15・再編に突き進み・京大全体の「将来計画」のねりあげとその実現に血眼となっているのだからだ。厚生施設としての学寮の位置づけ(新々寮さえも)もまた、その一環としての「吉田キャンパス再開発計画」との関係でねり直しの対象となっているのだ。
いわゆる「教育の機会均等」さらには「大学の自治」といった戦後民主主義的理念の否定のうえに立つ、“国家的要請に応える大学”という新たな理念にのっとって「二十一世紀を展望した大学の在り方」を構想する沢田にとって、自治寮としての吉田寮(およびそれを支える当局内の吉田“文化”の護持派)の存在は、まさに眼の上のタンコブでしかないのだ。
それゆえ、今日の沢田当局の学寮政策の最大の眼目は、自治寮としての吉田寮閉鎖=寮自治会根絶にこそあるのであって、新寮についてのそれ自体反動的なプランは、むしろ、この吉田寮廃寮化という目的をおし隠す煙幕でしかないのである。
だからまた、沢田一派にとって「埋文実力阻止」などによる「紛争」は、心おきなく在期→廃寮の強行へとふみだせる格好の口実となるのであって、「避ける」どころか願ってもないもの・思うツボなのだ。
まさにこうした吉田寮解体を目的とした悪ラツな攻撃に対して、いかに反撃し自治寮としての新寮建設・獲得をかちとるのかと問題をたててとりくんでいかなければならないのが今日の寮斗争なのだ。当局の攻撃、その狙いについておよそマトハズレなことをわめく「熊野寮書記局」の主張は、とどのつまり当局・沢田一派免罪の弁でしかなく、斗いの前進を阻害し内側からほり崩す役割を果すものなのである。
(3)現段階的な当局の攻撃についてまともに分析もしなければできもしない、それゆえまた、攻撃をはね返す具体的・現実的な指針もない―これが、この「熊野寮書記局」名のビラだ。そこにあるのはただ「国、当局とのやりあい16」(!)の自己目的化であり、「実力斗争の痛快さ17…そう快感、勝利感」それじたいに酔いしれる疎外された感性のみなのである。
明らかに、「紛争長期化、泥沼化」を煽るこの輩どもには、そもそも新寮を獲得しようとする立場がないのだ。三月に迫った在期、これをいかに撤回させ自治寮としての新寮をかちとるのか――こうした実践的追求、立場とは全く無縁ということだ。
「熊野寮書記局」の「埋文実力阻止」の呼号は、寮斗争を内部からかく乱し破壊するものいかいのなにものでもない。それは、吉田寮解体を狙う沢田当局を「泣いてよろこばせる」だけの許しがたい挑発策動なのだ。
a.すべての寮生諸君! 新寮獲得のための全学、全自治団体の共同行動を追求してきたこのかんの斗いをひきつぎ、さらにその団結の質を高めつつたたかっていこう。
「7.9回答」で入寮対象者を「新入生、在校生18」と並列化してあつかっていること、そして埋文調査にも着手しようとしていることに示されるように、当局は三項目署名運動という学生の斗いを無視したままで廃寮を強行するというわけにはいかなくなっている。
とはいえ、もちろんそれらは当局の側からすれば、あくまで学生の斗いを懐柔し分断するための・学生をとり込みつつ廃寮化をなし切るための“アメ”なのだということをみておかねばならない。じっさい、「在期延長」という要求には耳をかそうともしないし、埋文調査の着手も新々寮のためなのだという姿勢を崩してはいない。運動の先頭に立っている寮生の要求は基本的には無視しはねのけながら、しかし広範に広がった新寮要求の声についてはこれをとりこんでいく、そうすることで学生を分断し寮生を孤立化させていくことを彼らは狙っているのだ。
このことは六月来の三項目署名運動の高揚にもかかわらず、それがいまだ四条件19粉砕・自治寮としての新寮獲得を要求する声にまでは高まっていないこと、そうした質をかちとりえていないことのゆえに、沢田当局をして脅威を抱かせるには至っていないことを示すものである。新々寮規20の適用を阻止し自治寮として新寮をかちとるためには、そのための確約をとらねばならない。そして、それはただ新々寮反対を明確にかかげてたたかう主体へと学生を大量に変革していくことを基礎にしてのみかちとりうるのだ。
当局が新々寮を前提として埋文調査にのぞもうとしていること、ここにわれわれはこのかんの斗いの弱さを確認するとともに、これを早急に突破していくためにたたかわなければならない。
b.埋文調査にどうたちむかうか
(1)新々寮を前提とした埋文調査には断乎として反対の声をたたきつけていくべきである。そして、この学生の声を無視した強行に対しては、当然にも抗議の斗いをもって応えていこう。だがその場合、学生の妨害ゆせに埋文―新寮建設が出来ない――などという、廃寮化の狙いをおし隠し正当化するための当局のデマキャンペーンを許さないかたちでとりくんでいく必要がある。われわれの斗い、その今日的獲得目標は自治寮をかちとることにあるのであって、たとえ新々寮のための埋文調査と当局が強弁しようとも、物理的にこれを粉砕するなどという戦術はとるべきではない。反対すること=実力阻止という「熊野寮書記局」の煽る短絡的方針は先にもふれたように当局内タカ派の廃寮路線に塩を送るものでしかないのだ。
問題なのは決戦はいつであり、それに向けてどういう斗いをつくるかにある。三月在期―廃寮化強行を阻止し自治寮の存続をかちとっていくために、〈在期撤廃、自治寮獲得〉を要求する全学の団結した力を創造していく――まさにそのための斗いとして埋文調査にも対処すべきなのだ。これこそがもっとも現実的でもっともラディカルな斗いなのである。
(2)新々寮を前提とした埋文調査には反対することを鮮明にうち出し、断乎としてだが整然とした抗議の斗いを展開しよう!そしてそこにおいて、廃寮化攻撃・学生管理強化の狙いはなにか、我々はなぜこれに反対し自治領獲得をめざし斗うのか、を全学に訴えていこう。すなわち
イ)沢田当局が廃寮化をゴリ押しするのは、関西学研都市への一部移転を含む京大の抜本的再編=“国家、社会に開かれた京大”づくりのためなのだ、ということ
ロ)こうした策動を許してしまうならば、京大生のひとりひとりが――日本の軍事大国・技術立国への飛躍を策す日帝国家や独占ブルの要請にもとづく軍事研究=高度先端技術の研究・開発の担い手として、日帝のアジア・太平洋諸国への新植民地主義的侵略を担う人材として、さらにはこうした国家戦略の内外への貫徹を下から支えるために中曽根政権が追求している新たな国家主義イデオロギーによる国民統合、これに奉仕する「日本学」研究の担い手として、やがては動員されていくことになるのだということ
ハ)まさしくこうした京大の再編攻撃の重大性、その緊急性のゆえにこそ、これをはねかえしていく斗いのひとつの拠点として吉田寮自治会を維持し発展させていかねばならないのだということ
こうしたことを全寮生、全学生、全教官にアピールし警鐘を乱打していく必要がある。そうすることで〈新々寮反対・自治寮としての新寮獲得〉の自覚に燃えた学生を大量に創出し結集しつつ斗いを質的に飛躍させていこうではないか。
とりわけ、1700に広がった署名者の自覚を内容的に高めていくことが早急に問われている。運動をつくりだしている吉田寮生じしんは、新々寮反対・自治寮獲得の意義を明確に意識化しているとしても、それを現実の運動に不断に貫き京大生の意識変革をかちとっていかない限り、たとえ運動の輪が広がっても当局のアメとムチでやすやすと分断されかねないのだから。
(3)そしてまた、全寮生、全学生の団結を基礎にした全自治団体の共同行動を真に実あるものとして実現していくためには、「熊野寮書記局」一派の挑発・かく乱策動を封じ込めていくことが不可欠である。そもそも、労働者の虐殺すらいとわない反人民的な三里塚ゲリラを手ばなしで称揚したり、「三里塚斗争」をたたかわないのは反革命と烙印し学生へのテロ・リンチ・ドーカツをほしいままにしてきたばかりではなく、学外中核派部隊の熊野寮占拠を先導するなど、権力・当局の学生自治破壊の水先案内役をはたしてきた輩ども、こんな連中の語る“寮斗争”など誰がいったい支持するというのか!
「熊野寮自」「A自」内に巣食う一部中核派分子による「三里塚ロケットゲリラ賛美運動」の持ち込みとそれへのひき回しを絶対に許してはならない。
すべての寮生諸君!
暑い夏を自治寮獲得の斗いの砲火でさらに熱く燃えあがらせよう。
ともにガンバロウ!!
1985年7月に吉田寮内にまかれたと思われるビラ。ビラと言うよりもレジュメと言った方が適切な体裁のもの。7月16日に出された「熊野寮書記局」名のビラ「埋蔵文化財調査を実力阻止せよ!」(本資料集に収録)に言及があるのでそれ以降に出されたものと思われる。なお、これとほぼ同内容でもっとビラとしての体裁の整っているものとして同じく学生会議の7月26日付のビラ「「紛争の泥沼化こそが自治寮獲得の展望」(!?)―「熊野寮書記局」―ビラ/無責任!無展望!寮生愚弄!/寮闘争とまるで無縁な妄想を弄ぶ「熊野寮書記局」一派の「『埋文』実力阻止」方針」がある。↩
巻末の用語一覧を参照のこと。↩
巻末の用語一覧の「埋蔵文化財調査」を参照のこと。↩
巻末の用語一覧を参照のこと。↩
1985年7月に吉田寮内にまかれたと思われるビラ。ビラと言うよりもレジュメと言った方が適切な体裁のもの。7月16日に出された「熊野寮書記局」名のビラ「埋蔵文化財調査を実力阻止せよ!」(本資料集に収録)に言及があるのでそれ以降に出されたものと思われる。なお、これとほぼ同内容でもっとビラとしての体裁の整っているものとして同じく学生会議の7月26日付のビラ「「紛争の泥沼化こそが自治寮獲得の展望」(!?)―「熊野寮書記局」―ビラ/無責任!無展望!寮生愚弄!/寮闘争とまるで無縁な妄想を弄ぶ「熊野寮書記局」一派の「『埋文』実力阻止」方針」がある。↩
該当文献には「「埋文」は粉砕あるのみ」とある。↩
該当文献には「「新々寮」予算こそ粉砕の対象」とある↩
該当文献には、「「紛争」の長期化と、泥沼化こそ、当局を疲れさせ、自治寮獲得の展望を切り拓く」とある。↩
該当文献で、「中途半端な斗い方をして「新々寮」に半ば妥協した形で運動をすすめたときこそ」とある箇所に相当する。↩
該当文献には、「当局土俵で「新々寮」を前提とした「話し合い」、条件交渉など拒否」とある。↩
該当文献には、「「新々寮」をなにがなんでも造ろうとしている」とある。↩
該当文献には、「「埋文」を早いところ済ませて、「新々寮」にこぎつけ、「紛争」を避けようとしている」とある。↩
該当文献では、「「話し合い」など、当局の土俵へのひきずり込み以外のなにものでもなく」とある箇所に相当する。↩
加藤幹太学生部長宛の1月9日付の吉田寮自治会の要求書(本資料集に収録)に対する回答(京大学厚寮第51号 昭和60年1月14日、京都大学学生部長 加藤幹太、本資料集に収録)に「新々寮は、原則として新入生のための学寮であります」とあることを指す。↩
巻末の用語一覧の「関西学研都市移転」を参照のこと。↩
該当文献には、「国―当局とのやり合い」とある。↩
該当文献には、「実力斗争のすばらしさ、痛快さ」とある。↩
該当文献には、「新入生、在学生」とある。↩
いわゆる新々寮4条件のこと。詳しくは巻末の用語一覧を参照のこと。↩
巻末の用語一覧の「○○大学学寮管理運営規則(参考案)」を参照のこと。↩